孫の白血病が再発

2020年6月22日 大阪市総合医療センター
 Kanade(孫娘、小2)の担当医から今後の治療方針について説明を受けました。あまりの多くの説明があり消化不良です。
 要は、化学療法から始める。前回の阪大入院時の最後に抗がん剤(メトトレキサート)のひどい副作用がでたことも十分考慮して進める。もしShion(Kanadeの兄、中2)の骨髄がKanadeと適合すれば骨髄移植もあり得る。
 病名:B前駆細胞性急性リンパ性白血病(BCP-ALL)
 初発は90~95%が完治、再発はその確率が60%に下がる。
 Kanadeのは晩期再発- 卵巣、骨髄ほかにも腫瘍があり、PETで骨の一部、CTで腎臓に腫瘍があることも確認され、複合再発である。
 化学療法はイギリス型で実施する。他にドイツ型があるそうだが違いは分からない。医者に任せるしかない。
 様子を見ながらだが新薬も投入する。頭部に関しては放射線治療も併用する。

 Kanedeは院内学校に入っている。院内学校がなく治療が始まる前の土日(20,21日)に一時帰宅した。パパに公園に連れて行ってもらったのに、今までできた「うんてい」ができず、自転車に乗るのも怖かったという。体力が落ちているのだなとかわいそうになる。
 ジジ、ババには何でも話してくれる。
 Shionは多分、兄と言うより恋人です。Shionがこの難局を持ちこたえられのかも心配です。

経緯 
なんでKanedeばかり・・・
        2020年 5月29日(金)
 長い、苦しい一日でした。
 Kanadeが27日、腹が痛い、発熱、吐き気、便が出ない・・・と不調を訴え、この日は行きつけの田中小児科クリニックで対処療法的な薬を処方されました。昨日はクリニックが休み、今日もまだ同じ症状が続くので、クリニックへ。クリニックでは検査器機に限界があるというので、千里救命救急センター(済生会病院)へ。ここで3時間もかけてあらゆる検査が実施され、結果、腸閉塞で手術が必要ということに。まず、阪大病院への救急車での搬送手続きをとられのですが、阪大病院はコロナ禍で新たな患者を受け入れる余裕がなく、大阪市立総合医療センタ-へ搬送されました。救急車には済生会で検査してくれた小児科のお医者さんも乗り込んでくれました。手術すれば2,3週間の入院が必要ということです。
 病気の原因はまだ特定できないそうです。白血病の転移、腫瘍と悪いことばかり頭に浮かびます。
 なんでKanadeばかりがこんな辛い目にあうのかと悔しくてたまりません。
 今日、対応してくれた医療関係のみなさん、救急車の隊員さんは全員が親切で優しく嬉しく思いました。ありがとうございました。

5月30日(土)午前1時 
 Kanade手術中とYukie(Kanadeのママ)から電話あり、手術は朝の4時終了予定。心配で寝る気にもなりません。(3時10分に手術が終わったとDaichi(パパ)からTel)
 病名は「卵巣腫瘍」でした。白血病が影響している可能性が高いようです。もし「良性」だったら10日ほどの入院で済むそうです。
 見たてを間違った済生会、長い付き合いなのに何も気づかないで、昨日の非常時に入院を拒否した阪大病院に、Yukieは怒り心頭の様子。
 家から遠いのですが、今後は「大阪市立総合医療センタ-」を頼ると・・・

2020年 5月30日(土)
 Kanedeの手術は29日23時半から30日2時半までの約3時間の大手術でしたがうまくいったと・・・。良性か悪性かの判定には3日ほどかかるそうです。せめて良性であってほしいと祈っています。
 コロナ禍の最中で、親だけしか面会できません。兄弟もダメ、親でも一人でしか部屋に入れません。

5月31日(日) 
 親しか見舞いもできないので、元気になることを祈るだけ。
「一生、なおらないのかな」とか「また毛がぬけるのかな」と心配していたKanadeの顔が浮かび、つらいです。
 13時34分にYukieからLine、Kanadeの気のせいか明るい元気な写真。ご飯(おかゆ)を食べた! 術後につけられていた尿管をこれから外すと。
 13時27分 座って立って着替えられようになった。少し歩けた!!
 18時 少し歩けたので今週中に退院の可能性が出てきました。
 病理検査の結果がでるまでには、あと1週間はかかるらしい。ともかく、回復途上にあり、嬉しいです。

6月3日(水)
  
Kanade、心配ですが何も出来ません。病院では元気らしい。 Yukieは病院と家の往復のため、格安レンタカーを借りました。
  なるようにしかならないので、ジタバタせず、いざという時に備えて、心身を休めておこうと・・・

6月4日(木)
 Kanadeはママがいないと泣くので、昨日はYukieは病院に泊まりました。このままいけば土曜日に退院の予定、Shionと一緒に迎えに行くつもり。

6月5日(金)
  Kanade、白血病の再発でした。
  病理検査の結果が出て、今後の治療方針の説明がありました。
 Yukieがジィジも一緒に聞いて欲しいというので、大阪市総合医療センターまで出かけました。私の母校の都島工高の近くで、久しぶりの都島でしたが、帰りは頭が真っ白で、何度も道を間違えました。
  とにかく、できることをしてやるだけなのですが・・・・
  明日は予定通り、小児外科を退院。ペットなどいくつかの検査の後、今度は白血病の治療のため血液内科に入院、またつらい入院生活が・・・・

6月7日(日)
  まだこれからどうサポートすれば良いのかわかりません。Kanedeは今は見かけは元気です。ママや兄とはしゃいでいます。
  10日に、再入院で化学療法が開始されます。

6月10日(水)
  今日の午後、「大阪市総合医療センター」に再入院しました。白血病のための化学療法が始まります。今、こんなに元気なのにまたあの苦しさにたえねばならないのかと不憫でなりません。
  6~8ヶ月の入院治療の予定。長いですね・・・・
コロナのせいもあり、親しか病室に入れません。4年前の阪大では毎日、病室に見舞い元気づけられた、今回はそれができません。
 どうサポートすればよいのかまだなにも分かりません。

6月13日(土)
Kanadeのこと

 10日に「大阪市総合医療センター」に入院。11日にCV(中心静脈カテーテル)を装着手術、この日は痛くて泣いたらしい。その後は検査が続き、化学療法は
まだ始まっていないので、今は元気にしています。
 「大阪市総合医療センター」は白血病治療では広島赤十字についで全国2位にランク付けされていたので、少しだけほっとした感じ。
Shion
  平日は中学の部活で19時すぎに家に帰る。気になっていたが今日、電話するとパンがなくなったとか言うので、いろいろ食料品を買い込み差し入れにいった。たいてい、一人で留守番なので心配だったが、綺麗にしていたの一安心。よく頑張っています。
Yukie
  ほとんど病院で付き添い、たまに家に帰る生活。体を壊さないでと祈るのみ。

6月14日(日)
Kanedeのこと
 今週も検査が続き、水曜日か木曜日にその結果説明があり、TNもこいというので、行くと約束しました。

やはり悔しい!!!
 4月の阪大病院の月1回の検診で、Kanadeに異常なし、次回からは2ヶ月に1度の検診でOKということになり、やっとここまで回復したのだと喜んだのもつかのま、今回の白血病の再発です。
 コロナで大変とは分かるものの、Kanedeを受け入れてくれなかった阪大病院を軽蔑します。「大阪市総合医療センター」が治療を引き受けてくれたことを幸運と思っています。 

6月17日(水)
  Kanadeの治療方針の説明は今週は中止で、来週の月曜日に予定変更。父母、兄、祖父母の全員にすると。
  方針決定にこれだけ時間がかかるのは難しいからなんでしょうが医療チームにまかせるしかありません。

原田マハ

(・・・・・備忘録のつもりで掲示板に、気に入った本の読後感を書いてきました。それらをまとめて読書の記録としてHPに揚げています。この「読書の記録」も長くなりすぎて、読み辛くなってきたので、例えば著者別にまとめてこのブログに順にUpしていこうと思います。-その3

総理の夫

投稿者:TN&TN  投稿日:2016年 3月30日(水)11時36分26秒

『総理の夫』
原田マハ、実業之日本社、2013年7月

 原田伊織の頭が疲れる本を読んだ後なので、気楽な本が読みたかった。全く知らない著者だが表紙と裏表紙の見返しに漫画があり、きっと軽い読み物だろうと借り出した。
(実業之日本社のHPから)
内容紹介:史上初の女性総理、わが妻・凛子、君を守る!
 0XX年、相馬凛子は42歳にして第111代総理大臣に選出された。夫である私・日和は鳥類研究家でありながらファースト・レディならぬファースト・ジェントルマンとして、妻を支えようと決意する。凛子は美貌、誠実で正義感にあふれ、率直な物言いも共感を呼んで支持率ばつぐん。だが税制、エネルギー、子育てなど、国民目線で女性にやさしい政策には、政財界の古くさいおじさん連中からやっかみの嵐。凛子が党首を務める直進党は議席を少数しか有せず、他党と連立を組んでいたのだが、政界のライバルたちはその隙をつき、思わぬ裏切りを画策し、こともあろうに日和へもその触手を伸ばしてきた。大荒れにして権謀術数うずまく国会で、凛子の理想は実現するのか? 山本周五郎賞作家が贈る政界エンターテインメント&夫婦愛の物語。
 すっと読めました。面白かった。美人で頭が良く、正義感にあふれ誠実とまあ現実にはあり得ない女性が総理でその夫は大金持ちの次男坊、いかにもおとぎ話風の設定ですが、現実に日本で女性総理が誕生するとなればこれくらいの理想的夫婦でないと無理なのでしょうね。
 女性総理が妊娠し、生むと決め、一度は総理辞任を決心したのに、最後に総理を続けることにする。色々考えさせられる物語でした。
 この著者の他の本も読んでみたくなりました。

(原田マハのHPから略歴)
 1962 年東京都生まれ。東京都在住。 関西学院大学文学部日本文学科、早稲田大学第二文学部美術史科卒業。 伊藤忠商事株式会社、森ビル森美術館設立準備室、ニューヨーク近代美術館勤務を経て、2002年フリーのキュレーター、カルチャーライターとなり、2006年より作家となる。2005年『カフーを待ちわびて』で第一回日本ラブストーリー大賞受賞。2012年『楽園のカンヴァス』で第二十五回山本周五郎賞受賞。
 主な著作に『一分間だけ』『#9』(宝島社)、『さいはての彼女』(角川書店)、『ごめん』『風のマジム』(講談社)、『キネマの神様』(文藝春秋)、『翼をください』(毎日新聞社)、『インディペンデンス・デイ』(PHP 研究所)、『星がひとつほしいとの祈り』(実業之日本社)、『本日は、お日柄もよく』(徳間書店)、『まぐだら屋のマリア』(幻冬舎)、『でーれーガールズ』(祥伝社)、『永遠をさがしに』(河出書房新社)、『旅屋おかえり』(集英社)などがある。
 原田マハのHPにある「自伝的プロフィール」は読み応えがあります。
http://haradamaha.com/profile/

PS(3月31日)
原田マハの2冊目です。
本日は、お日柄も良く
  徳間書店、2010年8月

内容紹介(徳間書店のHP)
 OL二ノ宮こと葉は、想いをよせていた幼なじみ厚志の結婚式に最悪の気分で出席していた。ところがその結婚式で涙が溢れるほど感動する衝撃的なスピーチに出会う。それは伝説のスピーチライター久遠久美の祝辞だった。空気を一変させる言葉に魅せられてしまったこと葉はすぐに弟子入り。久美の教えを受け、「政権交代」を叫ぶ野党のスピーチライターに抜擢された!目頭が熱くなるお仕事小説。
 面白い、一気に読みました。発行年から見て小泉首相の時代に、政権交代が現実味を持つ前に書かれた本です。民主党の失敗を見てしまった今、読むのもそれなりに面白い。生ものである政治をフィックションで仕上げるというのはなかなかの根性だと思います。
 民主党の失敗後に書かれたのが『総理の夫』だったんですね。ここに伝説のスピーチライター久遠久美が出てきた意味がやっと分かりました。
 原田マハ、2つ読んだだけですが、読み続けたい作家の1人になりました。

PS 4月1日
原田マハの3冊目です。
まぐだら屋のマリア
      幻冬舎、2011年7月

内容詳細
東京・神楽坂の老舗料亭「吟遊」で修業をしていた紫紋は、料亭で起こった偽装事件を機にすべてを失った。料理人としての夢、大切な仲間。そして、後輩・悠太の自殺。逃げ出した紫紋は、人生の終わりの地を求めて彷徨い、尽果というバス停に降り立った…。
 バス停近くの定食屋「まぐだら屋」。様々な傷を負った人間が、集まってくる。左手の薬指がすっぱり切り落とされている謎めいた女性・マリア。母を殺したと駆け込んできた若者。乱暴だが心優しい漁師。そしてマリアの事をひどく憎んでいる老女。人々との関わりを通して、頑なになっていた紫紋の心と体がほどけていくが、それは逃げ続けてきた苦しい現実に向き直る始まりでもあった・・・。生き直す勇気を得る、衝撃の感涙長編。(「BOOK」データベースより)
 『「まぐだら屋」の「マリア」』は聖書の中の「マグダラのマリア」からきたらしい。また紫紋(シモン)に湯田(ユダ)、与羽(ヨハネ)という男性や、丸狐(マルコ)と名乗る青年までもが登場する。となれば「桐江という老女」は、もしかするとキリストでは? しかし幼稚園がキリスト教系だっただけで聖書にまったく馴染みのない私には著者のこれらの命名の意図がまったく理解出来ません。
 今までに読んだのは『総理の夫』と『本日は、お日柄も良く』で、同じような政治物でなんの違和感もなく読めたのですが、今回のは全く異なる話・筋書きなので吃驚。
 心に傷を負った人達が、自死を思い故郷や大切な人から逃げだし、さまよう。最果ての地の食堂での心温かい人々との関わりの中で、生き直す勇気を得て、大切な人の待つ故郷に帰っていくという感動物語で一気に読めます。面白い。
 しかし、なにか話の筋に飛躍が多すぎて現実感がなく読んだあと少し白けました。
 それにしても最も大切な人というのは、誰にとっても母親なんだと・・・!



原田マハの本 2

原田の本、4冊目と5冊目です。
でーれーガールズ
          祥伝社、2011年9月
(Amazonの商品内容紹介)
 漫画家の小日向アユコ(本名・佐々岡鮎子)は30年ぶりに高校時代を過ごした岡山県にやってきた。母校の女子高で講演会をするためだ。 講演会前々日、この機会にと高校の同級生たちが同窓会を開いてくれた。そこでアユコは30年ぶりに親友の武美と再会する。武美は母校の教師になっていた。アユコを招いたのも武美だという。実は30年前、アユコと武美には忘れられない思い出があった。 1980年、岡山――。東京から引っ越してきたばかりの佐々岡鮎子はクラスに友達がいない。心の支えは、かっこよくてギターもうまい大学生の彼、ヒデホくんだった。ところが、二人を主人公に描いた恋愛マンガを、クラスの秋本武美に見られてしまう。美人で勝気な武美に、鮎子はいつもからかわれていたのだ。しかし、武美は物語の続きを読みたがって……。かけがえのない友だちに会いたくなる、感動の物語。

(ウィキペディア)
 作品の舞台となった岡山県岡山市は、著者である原田にとっては思春期を過ごした場所でもある。特に本作の主人公たちが通う学校は、原田の母校である山陽女子高等学校がモデルとされており、そのため2015年の映画版では同校が特別協力団体のひとつに名を連ね、それが強調された演出がとられている。
 岡山弁が主要言語の本は初めてでそれなりに興味深かったのですが、女性コミック調の話の展開は苦手です。話が突如、全く別の思い出話に切り替わるという手法は、他の作者(例えば、さだまさし)もよく使うが、私は嫌いです。結論は、あまり面白くない本でした。同じ著者の作品でも、嫌いな本と好きな本が混在するというまあいつものパターンでした。


キネマの神様
    文藝春秋、2008年12月
内容(BOOK データベースより)
 39歳独身の歩は突然会社を辞めるが、折しも趣味は映画とギャンブルという父が倒れ、多額の借金が発覚した。ある日、父が雑誌「映友」に歩の文章を投稿したのをきっかけに歩は編集部に採用され、ひょんなことから父の映画ブログをスタートさせることに。“映画の神様”が壊れかけた家族を救う、奇跡の物語。

 この本は面白い。一気に読み切る。たぶん映画好きには今以上に映画が好きになる本でしょう。感動ものでした!
 原田作品をもう少し読んでみようと思います。

原田マハ 3  投稿日:2016年 5月10日(火)

 原田マハの本にはまっている。まだ10冊も読んでいないがどれも面白い。一気に読める。
 原田マハの略歴にでてくるものだけでも全部読んでみようと思っている。今回は下の3冊を読んだ。
 美術館勤務の職歴がありキュレーターだったいうことから『楽園のカンヴァス』はまさに自分の専門知識をフルに生かした本だろうと期待して読んだ。こちらの美術史についての知識が乏しすぎて難しかったが、ルソーの絵の下にピカソの絵が隠されている(?)というミステリー仕立てにぐいぐい引っ張られた。
 本に出てくる絵を知っていれば楽しいだろうなと探すと「原田マハ著『楽園のカンヴァス』に登場する絵画のまとめ (http://matome.naver.jp/odai/2135955626248173201)」があった。
 『永遠をさがしに』はチェロを弾く個性的な女性3人が織りなす物語。偉大なアーティストというのはここまで感覚が研ぎ澄まされた緊迫した環境の中で生きているのだなと感動する。

 『ジヴェルニーの食卓』は4つの短編からなり、それぞれ、マティスとピカソ、ドガ、セザンヌ、モネという画家達の生活を主題にしている。豊富な(研究)資料を参考にしているようだが、それぞれの画家が描いた名画からのインスピレーションがこれらの物語を書かせたのだろうと羨ましい。
 このような本を読むと美術館に行きたくなる。

[略歴]1962 年東京都生まれ。東京都在住。 関西学院大学文学部日本文学科、早稲田大学第二文学部美術史科卒業。 伊藤忠商事株式会社、森ビル森美術館設立準備室、ニューヨーク近代美術館勤務を経て、2002年フリーのキュレーター、カルチャーライターとなり、2006年より作家となる。2005年『カフーを待ちわびて』で第一回日本ラブストーリー大賞受賞。2012年『楽園のカンヴァス』で第二十五回山本周五郎賞受賞。
主な著作に『一分間だけ』『#9』(宝島社)、『さいはての彼女』(角川書店)、『ごめん』『風のマジム』(講談社)、『キネマの神様』(文藝春秋)、『翼をください』(毎日新聞社)、『インディペンデンス・デイ』(PHP 研究所)、『星がひとつほしいとの祈り』(実業之日本社)、『本日は、お日柄もよく』(徳間書店)、『まぐだら屋のマリア』(幻冬舎)、『でーれーガールズ』(祥伝社)、『永遠をさがしに』(河出書房新社)、『旅屋おかえり』(集英社)などがある。
(原田マハのHPから)

楽園のカンヴァス
La toile du paradis

  新潮文庫、(2014.07)
 ニューヨーク近代美術館のキュレーター、ティム・ブラウンはある日スイスの大邸宅に招かれる。そこで見たのは巨匠ルソーの名作「夢」に酷似した絵。持ち主は正しく真贋判定した者にこの絵を譲ると告げ、手がかりとなる謎の古書を読ませる。リミットは7日間。ライバルは日本人研究者・早川織絵。ルソーとピカソ、二人の天才がカンヴァスに籠めた想いとは――。山本周五郎賞受賞作。

永遠をさがしに
河出書房新社(2011.11)
 世界的な指揮者の父とふたりで暮らす、和音一六歳。そこへ型破りな、新しい母がやってきて???。
親子の愛情、友情、初恋、そして実母との奇跡の再会。音楽を通して描く感動物語。

ジヴェルニーの食卓
  集英社(2013.03)
 新しい美を求め、時代を切り拓いた芸術家の人生が色鮮やかに蘇る。マチィス、ピカソ、ドガ、セザンヌら印象派たちの、葛藤と作品への真摯な姿を描いた四つの物語。



奇跡の人  投稿日:2018年 5月 2日(水)

奇跡の人
 双葉文庫、2018年1月
 単行本は2014年10月に双葉社から発行されています。単行本は既読であることを、文庫本を読み進む中で気付きました。なかなかの感動物語なのにどうして本を手に取った時、直ぐに既読であることを思い出さないのでしょう?ちょっと情けない。
 文庫本は巻末に解説があるのが一般的で、この解説が良いと本の内容をより深く理解出来て、記憶に長く残るのかなと思います。この本の解説を大矢博子(書評家)が書いています。良い解説でした。読後、ネットを検索すると大矢博子(書評家)の書評がありました。よく書かれているのでこれをそのままコピペします。
(https://ddnavi.com/review/434172/a/)
原田マハ版『奇跡の人』はなぜ明治の津軽が舞台なのか
文芸・カルチャー 2018/2/4
『奇跡の人 The Miracle Worker』(原田マハ/双葉社)
 奇跡の人──と言えば、ヘレン・ケラーに言葉をもたらしたアン・サリヴァン女史のことである。原田マハ『奇跡の人 The Miracle Worker』(双葉社)は、明治の津軽地方を舞台にヘレンとサリヴァン先生の物語を翻案・再構築した実験的な意欲作だ。
 物語は明治20年、アメリカ留学帰りの弱視の女性・去場 安(さりば あん)が、津軽は弘前で暮らす盲聾唖の6歳の少女・介良(けら)れんの家庭教師として雇われる場面から始まる。この名前を見るだけでわかるように、著者は初手からはっきりと、これはヘレンとサリヴァンの話ですよと読者に告げているのだ。
 安が出会ったれんは暗い蔵に閉じ込められ、手づかみで食事をとり、排泄の躾もできていない、まるで獣のような少女だった。そんなれんを安は「気品と、知性と、尊厳を備えた『人間』になってもらうために」根気よく言葉を教える……というところから「水」を認識するまでの流れは、まさに私たちがよく知る「奇跡の人」そのままである。
 ではなぜ著者は、この物語を明治の津軽に置き換えたのか。実は途中、“ヘレンとサリヴァンの物語”にはないエピソードがふたつ入って来る。ひとつは恐山のイタコとの出会い。もうひとつは、ボサマと呼ばれる門付け芸人(家々の玄関で音曲などを披露し、食べ物やお金を貰う人々)である三味線弾きの少女・キワとの出会いだ。イタコもキワも、盲目の女性である。
 イタコもボサマも津軽特有の風習だ。いずれも社会的身分という点では最下層ではあったが、それでも障碍を持つ女性が技術さえ磨けば食べていけるだけのシステムが、当時の津軽には存在していたと言える。そうして自立している女性と、蔵に閉じ込められて育ったれんを出会わせることで、女性でも、障碍があっても、自立できるのだということを本書は描いているのだ。そこに、弱視ながら留学して勉強してきた安を加えることで、さらに可能性は広がるのだと告げている。だから本書は明治の津軽でなくてはならなかったのである。
 このように本書には、ヘレンとサリヴァンの話を日本に置き換えることで見えてくる、さまざまな試みが散りばめられている。それら詳細については文庫の巻末解説で詳しく述べたので、ぜひ本書を手にとり、解説をお読みいただければと思う。今の日本で、まだ種々の問題があるとはいえ、障碍を持つ人や女性が平等な権利を手にしているのは多くのれんや安の闘いの成果なのだと、頭ではなく心に直接しみてくるはずだ。
文=大矢博子

2020GW 茨木・箕面の山野草

昭和の日 2020年 4月29日(水)

  ゴールデンウィークに他府県に一度も出かける予定がないのは、何年ぶりなのでしょう?
 図書館がずっと休館中なので、読みたい本がなくなり、本屋さんへ。同じような思いの人が多いのかレジで行列が出来ていました。

 
いつもの散歩道、いつもと違う人が増えているのか、ゴミが目につきます。他県人を嫌う人たちの気持ちがわかったような・・・・

コウゾ

クロバイ

カマツカ

アゲハ              オニタビラコ

アメリカフウロ          マツバウンラン


キンラン&ギンラン
   5月 2日(土)
 茨木市の主な公園も5月2日~5月6日まで、新型コロナウイルス対策とかで駐車禁止になりました。
  キンラン&ギンランに逢いに行ってきました。例年は5月になる前に咲いている地点のギンランがまだなので、早すぎるかなと心配でした。片道、約2時間の行程でした。
 無事、キンラン&ギンランが咲いていました。
 他にも、ギンリョウソウ、マムシグサ、キランソウ、ヤマツツジ、セリ、コウゾ、ニガナなど、多数の花が咲き楽しい花散策でした。

キンラン


ギンラン

ギンリョウソウ

マムシグサ              キランソウ

ヤマツツジ             セリ

5月3日 
 緊急事態宣言を1ヶ月は延長するらしい。政府・マスコミは情報を少しずつ垂れ流してくるので、まだ正式決定ではないのに、諦めてしまいます。そして今まで聞いたこともない専門用語が突然さらっと使われだします。最近、気になったのは行動変容です。なぜ行動変容が難しいのか、それは正常性バイアスがかかるから・・・・・。分かったような分からないような。
 私たちも世間並みに移動自粛をしていて、行動範囲は茨木市北部と箕面市のごく限られた地域だけ。2,3日に一度の買い物と、毎日一回の散歩が外出のすべです。夫婦以外の他人との会話は「こんにちわ」という挨拶のみ。
 こんな生活がいつまで続くのでしょう?? 散歩道で出逢う花たちだけが慰めです。
 今日のスーパーには「マスク40枚入り 2500円」が売り出されていました。
 散歩道のギンラン、昨日は2株だけだった地点で、5株確認しました。

キンポウゲ


ニガナ

ヒメウズ

シュロ


首相と知事
   5月 4日(月)

 今日は、知事、特に大阪府知事は首相よりはるかに責任感が強く、優秀だと実感しました。大阪府知事が「15日」に、これこれの基準を満たしていれば、自粛要請緩和を進めると発表しました。その後、首相は記者会見で、「14日」に専門家会議に諮問し、緊急事態宣言の1ヶ月延長を見直すかも知れないと・・・。
 NHKはダメですね、完全に政府に寄り添っています。私にとっては意外ですが、関西テレビがまともなニュース報道をしていました。

 ギンラン、新たに3株を発見。まだ増えるのでしょうか?


有川浩 2

(・・・・・備忘録のつもりで掲示板に、気に入った本の読後感を書いてきました。それらをまとめて読書の記録としてHPに揚げています。この「読書の記録」も長くなりすぎて、読み辛くなってきたので、例えば著者別にまとめてこのブログに順にUpしていこうと思います。-その2

 有川浩は大好きな作家の一人で、大抵の本は読んでいるはずなのになぜか読後感は少ししか書いていません。このブログでは2013年11月に「有川浩、『阪急電車』、桂月、生の文字のモニュメント、・・・・・」を投稿しています。

 自衛隊を愛し右よりの愛国者、朝日新聞などの所謂リベラル派を嫌う・・・、などなど本来なら私とは合わない作家ですが、大好きで新しい本が出れば全て(?)読んでいます。

 最初に手にしたのが「植物図鑑、角川書店、2009年」でした。山野草がふんだんに出てくる軽快なラブコメ。その次に読んだのは「阪急電車、幻冬舎文庫、2010年」です。阪急電車は私にとっては身近な存在で、そこを舞台に繰り広げられる物語をどれも新鮮に感じました。この2冊ですっかり有川浩のフアンになっていました。

 Wikipediaには次の項目に分けて著書がリストアップされています。
自衛隊三部作、図書館戦争シリーズ、自衛隊ラブコメシリーズ、三匹のおっさんシリーズ、シアター!シリーズ、エッセイ
その他の小説
(植物図鑑、阪急電車など約20冊)

 上のリストを見ても分かるように、題材の範囲は非常に広く大げさに言えば、本当に同じ作家から生まれた本なのかという思いがあります。どれも一気に読ませます。読者を楽しませるこつを知っているのでしょう。
 エッセイなどを読むと、生き様は骨太で自分の意思を貫いている人なのだと感じます。

 最近、「有川ひろ」と改名したようです。その第一作目「イマジン?、幻冬舎、2020年1月」を買いました。いままでと同じ有川浩らしい本でした。

投稿日:2016年 4月 9日(土)

『だれもが知ってる小さな国』
有川浩・著、村上勉・絵、講談社、2015年10月

 『だれも知らない小さな国』を思い出させる本題、村上勉・絵となればすぐ「コロボックル物語」に思い至る。
 どうして有川浩が「コロボックル物語」を書くようになったかは講談社の「コロボックル物語」特設ページ(http://kodanshabunko.com/colobockle/)に詳しい。
 毎日新聞のインタビュー記事(http://mainichi.jp/articles/20151208/org/00m/040/046000c)で有川自身が『だれもが知ってる小さな国』について色々語っている。
 「2011年に、雑誌の対談で佐藤さとるさんにお会いしました。平成の子どもたちには平成のコロボックルに寄り添っていてほしい、新しいコロボックル作品が書き継がれたらいいですね、とお話ししたら、『有川さん、書いてよ』と言われて、思わず『はい』と答えてしまった(笑)。これがスタートです」
「物語では、佐藤版のコロボックルが存在していることを前提にしました。ですが、2次創作にならないよう、佐藤さんが書かれたキャラクターは私の筆では書かない。そして、主人公である子どもの目線、子どもの言葉で書くことを徹底しました」
 あるテレビ番組で、季節ごとに土地を移動しながら蜂を育てる“移動養蜂家”の家族を見たとき、いつか物語に生かしたいと考えたという。本書の主人公、ヒコの親はその「はち屋」。蜜蜂と一緒に花を追いかけ、季節ごとに転校を繰り返すヒコ。同じ環境のクラスメート・ヒメに淡い恋心を抱くようになり、やがてコロボックルのハリーに出会う。ヒコとハリーは、時にすれ違い、ケンカしながらも大切な友達として心を通わせていく。
「幼い頃、コロボックルは絶対にいると思っていました。そして私は大人になり、作家になった。私が佐藤さとるさんからいただいたものを、今度は私が今の子どもたちに少しでもあげられたら」
 一気に読めました。「佐藤版コロボックル」を引き継ぐとはいえ、やはり有川の本というしかなかったのですが、それはそれで楽しかった。
 『植物図鑑』で有川の山野草や樹木についての知識は確かなものだと思っているのですが、ツリガネニンジンとホタルブクロの見分け方を得意げに書いているのにちょっと吃驚、実物を見たことがあれば間違うはずがないと思うのです。まあ、どうでも良いことなのですが気になりました。

 
投稿日:2015年 1月10日(土)

「明日の子供たち」

有川浩、幻冬舎、2,014年
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(幻冬舎HPの内容紹介)
想いがつらなり響く時、昨日と違う明日が待っている!児童養護施設を舞台に繰り広げられるドラマティック長篇。
諦める前に、踏み出せ。
思い込みの壁を打ち砕け!
児童養護施設に転職した元営業マンの三田村慎平はやる気は人一倍ある新任職員。
愛想はないが涙もろい三年目の和泉和恵や、理論派の熱血ベテラン猪股吉行、“問題のない子供”谷村奏子、大人より大人びている17歳の平田久志に囲まれて繰り広げられるドラマティック長篇
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 図書館で昨年の8月14日に予約し、やっと手にした本。半日で読了、いかにも有川の本らしくストーリーに惹かれ、よく調べているなといつものように感心しながら読みました。
 この本が書かれた動機は、ある施設の子供から届いた手紙らしい(真偽は確認できないが施設関係者らしい人の2つのブログと産経新聞の本紹介に書かれていた)。そのエピソードは本の最後に取り入れられている。その有川らしい「有名小説家の影響力の誇示」を嫌う人もいるがTNは可愛いなと思っている。
 「かわいそうね」と施設の子供に同情するのは、かえって子供たちを傷つけると何回もでてくる。本を読んでいる時はその意味を理解したような気にもなるのだが、「障害は個性だ」という言葉と同じように理解しにくい概念だと思う。
 「かわいそうね」は相手への浅はかな理解を示す言葉だという。確かに上から目線の言葉だとは思うけれど、それが児童養護施設や子供たちのことを理解しようとする出発点であってもなにも悪くはないと思います。
 テレビドラマ『明日、ママがいない』騒動やタイガーマスク現象などもさらっと取り上げられていて、かってにノンフィクションものを読んでいるような気になり、児童本「かいけつゾロリン」ってどんな本と調べると、そのような児童本はない。「怪傑ゾロリ」という本ならある。有川が巧みに嘘と真実を上手に混ぜて作り上げた物語なのだと改めて思い知る。ハヤブサタロウってなんだ?と本気になったら見事にだまされたことになる。
 有川浩といえば、自衛隊、そして登場人物の初恋、ラブコメ、胸がほんわか温かくなる感動場面、全部たっぷり出てきます。
 この本は、児童養護施設を子どもの眼差しから描いた素晴らしい本でした。児童養護施設のことなど何も知らないことがよく分かりました。
 中学三年の時、施設から通学していた同級生がいたなとこの本を読んで思い出しました。
 15歳の春、施設の子は高校に合格しなかったら施設をでて就職し自活しなければならないという事実をこの本で知った今、あの55年前の昭和の時代はどうだったのだろうと考えてしまいます。中学卒業者の約半数が就職した時代でした。

北杜夫、斉藤由香、斉藤茂太

 若い頃は、読んだ本の題名・内容・著者など記憶をたどれば思い出せました。しかし、60歳を過ぎた頃から、だんだん記憶力が弱くなり、つい最近に読んだ本でも、題名や著者名、無論、内容も思い出せないことが多くなってきました。これではダメだと、備忘録のつもりで掲示板に、気に入った本の読後感を書いてきました。それらをまとめて読書の記録としてHPに揚げています。
 この「読書の記録」も長くなりすぎて、読み辛くなってきたので、例えば著者別にまとめてブログに順にUpしていこうと思います。

斎藤由香と北杜夫

投稿日:2014年10月 7日(火)


 斎藤由香の名を知ったのは、2012年の文藝春秋SPECIAL(第19号)の「特集家族を守る」の中の「北杜夫を支えた母のユーモア」という小論でした。その中で、「・・・・もし、ベテランの先生が担当してくださっていたら、別の結果もあったのではないか。また,斎藤宗吉ではなく、北杜夫で入院していれば、もっと注意を払ってくれたのではないか、そんな思いばかりが胸をよぎります。」という文に、愛する身内を突然失った深い悲しみを感じました。

 ウイキペディアをみれば、斎藤 由香(さいとう ゆか、1962年4月9日生 )は、随筆家、サントリー勤務。作家・北杜夫の実娘として知られる。成城学園中学校高等学校を経て、1985年(昭和60年)に成城大学文芸学部国文科を卒業した。中西進のゼミであり、卒論は祖父・斎藤茂吉であった。大学卒業後、サントリーに入社。広報部に在籍し、同社の広報誌 『サントリークォータリー』の編集に従事、後に同誌の副編集長となった。2001年(平成13年)10月、健康食品事業部に異動となり、その後は広告会社に出向となった。

 「窓際OL会社はいつもてんやわんや」や「窓際OL人事考課でガケっぷち」など週刊新潮に連載のコラム記事をまとめたものをまず読んでみました。サントリーでのOL生活をユーモアたっぷりに描いたものが主ですが、北杜夫や母親のこともよく取り上げています。北杜夫の躁鬱病に振り回されたことばかり書いていますが、困ったと言うより楽しんでいた風で、そんな父親が大好きなのだろうなと感じます。
 祖母で斎藤茂吉の妻である輝子のことを書いた「猛女とよばれた淑女―祖母・齋藤輝子の生き方 」は面白かった。輝子というのがよほどユニークな女性だったらしく、北杜夫もその兄の斎藤茂太も輝子を描いた本を残しています。茂太のたらちねの奇妙キテレツ」も読んでみました。輝子だけでは無く茂吉も大変人だったようです。ここにも輝子が由香を大変可愛がったことが書かれています。
 輝子に可愛がられた由香は、輝子の生き方にかなり影響されているように思われます。

 富山に出かけるとき本屋で杜夫・由香の共著「パパはたのしい躁うつ病」と杜夫の「マンボウ最後の家族旅行」を見つけ買い込みました。
 杜夫の文章はさすがに由香よりは大作家の貫禄で読みやすいなと思います。晩年の体力が弱ってから書いたものとは思えません。
 杜夫の晩年、由香は父親の体のことを気遣い、一生懸命にリハビリにつきあい、あれこれ指示し、何度も旅行につれだす。由香の本からはファザコンかなと思うほど父を愛していることが、また杜夫の本からは娘の強制に抵抗する力も無い気弱なダメ親父が、イヤイヤながらも娘や妻に従って、なんとか生きながらえている様子がよく伝わってきます。
 「マンボウ最後の家族旅行」には杜夫の絶筆「又もやゴルフ見学」、妻・斎藤喜美子の「マンボウ家の50年」、由香の「父が遺した50年」なども収められています。
 由香は「パパはたのしい躁うつ病」にも、また「マンボウ最後の家族旅行」にも杜夫が亡くなった時の病院・医師の対応についての不信をしつこく書き連ねる。それが家族なんだと、私たちにはすっと入ってきます。
 斎藤一族ってユニークですね。茂太の本をもう少し読んでみたいなっと思っています。

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斎藤茂太

投稿日:2016年 5月21日(土)

『老いへのケジメ』、新講社、2015年
『笑うとなぜいいか』、新講社、2015年
『茂太さんの快老術』、PHP文庫、1991年

斎藤茂太
 1916年(大正5年)、斎藤茂吉の長男として東京市(当時)に生まれる。
青南小学校、東京府立第八中学校(現在の東京都立小山台高等学校)、明治大学文学部を経て、1942年(昭和17年)9月に旧制昭和医学専門学校を卒業し、慶應義塾大学大学院医学研究科博士課程にて医学博士号を取得。大東亜戦争(太平洋戦争)中に応召し、大日本帝国陸軍軍医大尉となる。

 愛称は「モタさん」。少年時代から飛行機が大好きで旅行や旅客機に関する著書も多い。多くの悩める人を勇気づけた「心の名医」として、日本精神病院協会の名誉会長などを務めながら、執筆や講演活動もおこない、90歳で亡くなるまで生涯現役を続けた。
 斎藤茂太は結構著名で人柄もその著作も良さそうだと思っていたが、弟の北杜夫の本は何冊も読んでいるのに今まで1冊も読んでいない。
 今回は「老いへのケジメ」という本題に惹かれて読みだした。3冊とも正直に感想を言えば悪くもないが面白いといえるほどのものでもなかった。
 「老いへのケジメ」の付け方を教えてくれるかも知れないと期待しすぎていたからなのでしょう。頭の中では既に分かっている(と思っている)ことが、普通に書かれている本でした。
 自分の終活をどうすすめるかを本気で考えるきっかけにはなりました。取り敢えず身の回りのもの(特に本や論文)を減らす作業を・・・・。


3月9日 六甲森林植物園

菜種梅雨のぐずついた天気が続く。昨日(9日)だけ一日中晴れの予報、チャンスだとユキワリイチゲに逢いに六甲森林植物園へ。
 10時前、六甲の稜線稜線から雲海と思うような風景が広がっていました。何回も六甲に来ていますがこんな景色は初めてです。感激!でした。霧の上に金剛山が見えました。雲海よりはさすがに薄いのか、霧の下に阪神間の市街地がうっすら見えます。


 

六甲森林植物園

ロックガーデン」のユキワリイチゲは午前中は閉じていましたが午後は満開でした。

スハマソウ

カタクリ

コチャルメルソウ


セリバオウレン

 

ロックガーデン以外の園内にもいろいろな花が咲いていました

オオバマンサク


シナマンサク

ミツマタ

 

動物たちも楽しめました

ニホンアカガエルの卵塊

ニホンカモシカ
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ホオジロ
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鎌田實の本

「人間らしくヘンテコでいい 」
鎌田 實、集英社、2014年

集英社(http://gakugei.shueisha.co.jp/kikan/978-4-08-781547-4.html)
人が幸せに生きるのに、本当に必要なものは何か……
自分らしく生きようとすると、家族や仲間とうまくいかないのではないかと不安を抱え、弱気になりそうなあなたに贈る、生き方のコツ。

鎌田 實 (かまた みのる)
医師、作家、公立諏訪中央病院名誉院長。著書『がんばらない』(集英社刊)が2000年、ベストセラーになる。
他に主な著書として『あきらめない』『それでも やっぱり がんばらない』『ちょい太で だいじょうぶ』『なげださない』『病院なんか嫌いだ』『いいかげんが いい』『空気は 読まない』『人は一瞬で変われる』がある。また、読む絵本に『雪とパイナップル』『アハメドくんの いのちのリレー』があり、(以上、集英社刊)いずれも好評発中。現在日本テレビ系「news every.」にレギュラー出演中

 今、蒲田の本を集中して読んでいます。医師、看護師、患者との温かい涙が出るような 話をあちこちに書いています。また、世界中の自然災害の被災地や戦争・紛争で弱者が痛めつけられている現地にでかけ、ボラティア活動を行い、その悲惨さを訴え続けています。どの本も、蒲田の蒲田の行動力、発想、知識に凄いなと圧倒されます。
 特に「人間らしくヘンテコでいい 」にはまいりました。
 鎌田は「人間とはなにか」を問い続けついにはアフリカまで出かける。そして生命の38億年の歴史の跡(遺跡、化石:ルーシーまで見たという)をたどり自分なりに考え続ける。その過程で第2章のような文章を書き上げる。
第2章 人間は旅をする動物
① いくつもの偶然が重なって、命が生まれた
② 人類のゆりかごに立つ
③ アインシュタインからの宿題
④ アフリカに全人類の「お母さん」がいた
⑤ ウィルスも旅をしてきた
 宇宙誕生からホモサピエンスのアフリカ脱出までを非常に明快な文章で解き明かす。このあたりの歴史は私も興味を持ち大学でも講義の中で取り扱ってきたので、この章の説明の上手さには脱帽します。特にミトコンドリアについて説明はさすがに専門家から直接説明を受けた上で自分のものにしているなと感心してしまう。「ミトコンドリア・イヴ」を私は単に分子時計の応用例として講義しただけでした。しかし、鎌田は「ミトコンドリア・イヴと呼ばれているお母さん。そのお母さんにつながっていると思うだけで、あなたも、出生のわからないぼくも、人種や民族や国籍に関係なく世界中のすべての人間が大きな流れの中に生かされていることがわかる。これは、とっても大事なことだ。」とまとめる。鎌田の感性の優しさが読み取れます。
「我々はどこから来たのか、我々は何者か、我々は何処へいくのか」を考え続けて書いたのがこの本だという。もちろん、まだ、答えが出たわけではない。「でも、自分らしさ、自分の中の人とは違う「ヘンテコ」なところを、ありのまま認めて、それを生かしていく。他人の中の「ヘンテコ」で困った部分を、受け入れる。生かしてあげる。そういうことが必要なのではないかと思うに至った。」と結んでいます。
 凄い本でした。

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 上で、「蒲田の本を集中して読んでいます。」と書きました。きっかけは鎌田實と黒柳徹子の対談集(ソフトバンク クリエイティブ、2007年)「トットちゃんとカマタ先生の ずっとやくそく」、を読んで感動したからでした。鎌田と黒柳の本を何冊も読みました。何冊も読むと感動も薄れてきます。
 
黒柳の本は結局、最初の「窓ぎわトットちゃん(講談社、1981年)」につきるように思います。他の本もそれなりに楽しく読めるのですが同じ内容の繰り返しが鼻についてきます。
 鎌田はどうだろうと鎌田を初めて知った「がんばらない(集英社、2000年)」も読み直してみました。内容はまったく記憶に残っていなかったので初めて読むような感じでした。この本にも、後の本に何回もでてくる内容がいくつもでてきました。それで、小説家と呼ばれるような本職(?)の作家でない人は、同内容の繰り返しも許されるのだろうと考え直しました。世の人に知って欲しいことがありそれを本にして表現する。その目的のためなら、
たとえ同内容であっても繰り返し利用する。そんなところでしょうか?
 「がんばらない」で気になったのは、20年前の本だからなのか、70歳代はいつお迎えがきても「がんばらなくてよい」りっぱな老人扱いでした。「
看護師、患者との温かい涙が出るような話」の多くが患者の「死」と結びついていました。などなどいろいろあるのですが・・・・

 鎌田の本を読んで見ようと思わせるのは、「空気をよまない」や「人は一瞬で変われる」など、魅力的な題名かも知れません。

「だいじょうぶ」
水谷修X鎌田實 往復書簡、日本評論社、2009年 

  素晴らしい本です。
  二人がお互いに「先生」と言い合うのはちょっと幻滅。しかし、文章のトーンは全く同じです。文章スタイルがここまで一緒の対談集は初めてです。いつものように鎌田が持ち出すエピソードはどっかですでに書いているものが多いのでちょっと引いてしまいます。ただ上の「人間らしくヘンテコでいい 」の第2章の着想がすでにこの本に執筆時にあったのだと分かりました。
 水谷の本は多分初めてで、凄い人だなと感動。難病を抱えながらもまだブログ続けておられました。いつまでもお元気で!

 

「黙っていられない」
池田 香代子・鎌田 實、マガジンハウス、2007年
内容紹介(https://www.books.or.jp/books/detail/1232189
わたし・たちは、この世界でいま何ができるのだろうか。
   *
100人の村」シリーズで大きな感動を呼んだ池田香代子と、チェルノブイリやイラクの子どもたちの〈いのち〉を救うために世界を飛び回る鎌田實。団塊の世代のふたりが40年ぶりに再会し、「あのとき」の夢と「いま」とを切々と語り合った二年間の記録。
   *
池田香代子:「(9・11のあとの世界で)アフガンの人びとへ、そしてインターネットの向こうにいる人びとへ、とつぜん心の回路が開いて、わたしの静かな世界は底が抜け、たががはずれてしまいました。わたしのキーワードは『平和』だろうと思います」
鎌田實:「『環境』と『平和』も『いのち』と同じくらい重要だと感じたのです。だからぼくは、95パーセントのエネルギーを小さな地域のいのちを支えることに使いながら、5パーセントくらいのエネルギーを、世界や地球の環境や平和のために使ってきました。
 我が家の本棚に埋もれていた本です。鎌田實の本を集中的に読み出して、発掘しました。
 文章はいつもの鎌田の文章で易しく読みやすく書かれているのですが、内容が豊富で一度読んだだけでは「何を伝えたいのか」が整理できません。
 鎌田と池田の手紙のやりとりを本にしています。上の「内容紹介」は最初のやりとりのまとめですが、この本で伝えたい主題だと思います。前半はその主題に沿っていて分かりやすいのですが、後半はなんだか主題とは外れていて分かりにくいので再読しました。やっぱりよく分かりません。池田の「うつ病(症状)」のせいだと思います。本の流れが変わりました。おかげで「うつ病」についての鎌田の解説が分かりやすくそれはそれで良かったのかな。
 池田は真面目で正義感が強く、行動力のある魅力ある女性ということがよく分かりました。しかしこの本からの最大の収穫は鎌田の人間性が今まで読んだ本以上に理解できたことだと思います。
 池田が「世界平和アピール七人委員会」の委員として活躍しているのに対し、鎌田は(例えば平和運動に)旗印を鮮明にしてこなかったという。それはチェルノブイリやイラクの小児病院に何億円もの医薬品を送るために、いろいろな考え方の人に協力をしてもらうためだという。凄いなと思います。
 20年前の本なので今はどうなのか分かりませんが、原稿は手書き、携帯は電話だけしか使わずメールは使えないという。インターネットも自分では使えない。凄い人です!

 若い頃から記憶力が悪く、みんな忘れてしまう「認知障害」と自称している。同級生といわれてもほとんど分からないという。そんな人がたくさんの本を読み、多くを吸収し自分のものにしそれをたくさんの本に書いている。不思議な人です。
(「くらべない生き方(鎌田實・大平光代、中央公論新社、2010年)」に次のような記述がありました。長年、スケジュール帳に大事なデータ(本の一行を書き抜いたりする)を書き込んでいる。空いている時間や電車にのっているときに、手帳を何度も開き、そのデータを繰り返し読む。記憶力がよくないのです。そうやって、取材や対談などでどんな話の展開になっても、ちゃんと対応できるようにしている。)

 などなど
 読後感を残しておこうと書き出したのですが、まとめにくい本でした。三度読んでもまだ全体像が不明です。

(最後まで読んでくれた方へ 中途半端ですみません。またいつか気力が復活すれば続きを書きます。)

久しぶりの湖西

 恩師・K先生がご逝去されて40年目の7月に研究室の同窓会をという話がもちあがり、世話人の努力でそれが7月11日と12日に実現しました。45年ぶりの対面という人もいたのですが逢ってみると時間の壁はまったくなく楽しい会合になりました。総勢7人、会場はマキノの四季亭で料理が得意の世話人が腕を振るったご馳走とおいしい日本酒に深夜まで宴は続きました。

 四季亭は滋賀県でも有数の桜の名所の海津大崎まで続く桜街道の入り口にあり、天気がよければ歩きたいと思っていたのですが、雨模様の天気だったので、結局、車で行きました。6月に買い換えたばかりの新車(トヨタのアクア)なのでちょうどよいならし運転になりました。片道約120kmなのにナビでは150kmとでる、何でと調べると名神、北陸道を乗り継いでぐるっと大回りするコースになっていました。別にナビの必要のない慣れた道です。名神・京都東ICを出て湖西道路と161号線でJRマキノ駅に1時間半で着きました。いつもは素通りのマキノ駅でJRで来る友人たちを待ちました。

四季亭
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 朝、雨がやんだので早速、海津大崎まで散歩に出かけました。

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桜並木
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ヒメヒオウギズイセン
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ホタルブクロ
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 10時に四季亭の所有者が確認にきてチェックアウト。そのあとマキノ高原のメタセコイヤ並木を観光し、帰路に。

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 往復235km、燃費は28km/l。この燃費は凄いですね。最近の車の燃費の良さにはあきれます。ガソリンスタンドがいくつも潰れるはずだと同乗者と話しました。 

5月19日 まだ寒い六甲高山植物園

 もう初夏!と油断していました。昨日の六甲は涼しくて寒いぐらいでビックリしました。

 日曜日で開園前から多数の人が詰めかけていました。植物園側が旬の花と薦めているのは「ヒマラヤの青いケシ」と「クリンソウ」。また、それに最近、テレビなどで話題にしているのが、昭和天皇が植物園で観て気に入られたので皇居に贈ったという「エンコウソウ」も見頃でした。DSC_0097 (700x469)

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  この時期の六甲の楽しみはサラサドウダンベニドウダンなど各種のツツジですが、六甲のあちこちで咲いていたヤマツツジが美しく目立ちました。

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シロヤシオ
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 六甲高山植物園で、自生地での素晴らしさの印象が強烈な花たちを観ると物足りない思いをすることがよくあります。それでも、珍しい花たちとの出逢いがあり、今季初の開花を確かめられる植物園が大好きで、月に一度は出かけたくなります。

初めて出逢った花
吉備一人静(キビヒトリシズカ)
」 シライトウソウのように見えました。DSC_0220 (500x335)

キチジョウソウ(中国) 知っているキチジョウソウとは別物でした。
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今季初見の花たち
クロユリ
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ミツガシワ

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シライトソウ
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5月6日 高槻市「神峰山の森自然園」へ

 10時開園なのに9時半頃に着いたので、もう少し先まで歩き「神峰山の森」の広場まで登りました。ここは初めてでしたが、ユキモチソウやキランソウなどの野草が多く楽しめました。

ユキモチソウ             キランソウDSC_0006 (500x335)DSC_0019 (500x335)

ジシバリ
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10時に「神峰山の森自然園」に入りました。
 
ユキモチソウは真っ盛り。ヒメシャガ、セッコク、タツナミソウ、イワナシの実などこの時期にありそうな花の大多数に出会いました

ユキモチソウ

ウラシマソウ

ギンリョウソウ

ヒメシャガ

セッコク

イワナシの実

マイズルソウ

フタリシズカ

ケマンソウ

オカタツナミソウ