達志 中学・高校、シゲムラ建設

次男 中島達志は平成14年6月12日に26歳で亡くなった。仕事中の事故
による熱傷で。1ヶ月に渡る熱傷との戦いの記録は「達志の熱傷」に載せ、生きた記録を「達志の思い出」とした。最近、これらを読み直して改訂したいなと思い、写真の整理に着手した(平成25年5月30日)。

今日は6月22日(平成25年)、上の文を書いてからかなりの日が過ぎたがなかなか続きをすることができなかった。改訂作業をしながらこれは「達志の思い出」というより自分のエンディングノートを書いているような気がして、先に進めなくなってしまった。気長にやりましょう。

平成26年6月21日
 退職し時間はいっぱいあるのになかなか出来ない。はや12年が過ぎさり、5月に13回忌の法事をした。Keikoはニュージーランド人と再婚し、6月に子どもが生まれた。
 6月は、このブログの「達志 5歳から7歳」などを覗いてくれる方が増える。達志を思い出してくれる方がおられるのかなと、かってに嬉しく思っている。
 で、というほどの理由でもないが、また改訂作業をやりたくなった。

平成26年6月26日 
 まだ続いていました。 とりあえず手持ちの写真の整理はこれで終わりです。

1989年(平成元年) 中学1年
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1990、1991年(平成2,3年) 中学2、3年
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1992年(平成4年) 高校1年
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1993年(平成5年) 高校2年
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1994、1995年(平成6、7年) 高校3年
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1996年~ シゲムラ建設
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上高地・乗鞍・新穂高へ

2014年6月16日(月)、17日(火)
 JTB旅物語の「上高地・乗鞍・新穂高 北アルプスの初夏の訪れ 2日間」というツアーに参加した。有名な観光地で自家用車では近づけないのでそれなら旅行社のツアー利用が良いかも知れないと考え決めた。北アルプスの景観を楽しむツアーなので天気が気掛かりだった。最近、旅行中の天気はだいたい晴れなので今回も・・・・と期待していたが、その通りになり素晴らしい景色を堪能してきた。

16日 新穂高ロープウエイ
7:10 JR大阪駅に集合、参加者は42名。
8:10大阪発、11:03金沢着 サンダーバード5号
ツア-バスで新穂高ロープウエイの新穂高温泉駅へ
北陸道「金沢東IC」から「富山IC」、国道41号線、国道471号線経由で新穂高温泉駅に14時着。(ツアーというのは不思議なコースをたどるものですね。個人旅行の参考にはなりません。)
14:30 ロープウエイを乗り継ぎ「西穂高口駅(2156m)」へ。展望台から北アルプスの360度の展望を楽しむ。
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15:15 第2ロープウエイで「しらかば平駅」まで下り、鍋平高原の山野草を探す。
 ベニバナイチヤクソウの群落があり、ヒメサユリ、ニッコウキスゲ、タイツリソウ、アカモノ、レンゲツツジ、ツルアジサイなどがあった。栃の木の花は終わっていた。
 バスやロープウエイの車窓からはヤマボウシ、ホウの花が多数。

ベニバナイチヤクソウ、ヒメサユリ
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アカモノ、ニッコウキスゲ
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ツルアジサイ、タイツリソウ
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16:20 奥飛騨温泉郷の「穂高荘山のホテルにチェックイン。
 部屋のベランダから見える槍ヶ岳、清流蒲田川を望む地域最大の大野天風呂「山峡槍の湯」などが自慢のなかなか良い宿でした。

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6月17日(火) 上高地
 5時から大浴場に、7時から朝食、8時にツアーバスで上高地へ。ツアー参加者の大多数は大正橋でおり、バスターミナルまで散策というコースを選んだが、3時間の散策時間があるというので私たちはバスターミナルから河童橋を渡り梓川右岸を明神池まで歩き、戻りは左岸を歩くことにした。9時に散策開始。
 右岸コースは70分、左岸コースは60分程度と案内パンフレットにあったので楽に歩けると思っていた。しかし、いろいろな山野草が顔を出すので遅れ気味。明神池を穂高神社奥宮の参拝を済ませるまでに90分もかかってしまい、左岸コースも花はいっぱい出てきたがそれなりに早足で歩き11時半にバスターミナル着、そこで昼食。ビールが旨かった。
 天気には恵まれ、上高地からも北アルプスがよくみえた!
 トイレは有料(100円)でした。

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河童橋からの北アルプス
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梓川右岸の遊歩道
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穂高神社奥宮
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明神橋を渡り左岸へ
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左岸からみた明神岳
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オニツツジ、ニュイスミレ、クワガタソウ、ギンリョウソウ、ズダヤクシュ、ユキザサ、ツクバネソウ、ダイコンソウ、ゴゼンタチバナ、エゾムラサキ、ベニバナイチヤクソウ、チゴユリ、クルバマツクバネソウ、マイヅルソウ、ラショウモンカズラ、ニリンソウ、オオバミゾホオズキ、カラマツソウ、コナシ

17日(火) 乗鞍岳
 12時に上高地を出て、乗鞍スカイラインを通り乗鞍岳畳平(2702m)へ。午後からは天気が崩れそうで雲が多くなってきた。13時、畳平に到着。
 魔王岳(2764m)に登る。駐車場から高度差62mだけだが階段でそれなりに疲れる。雲が多く絶景とは言いかねるが、穂高の山々を識別できた。
 
 雷鳥が待っていてくれた!

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魔王岳からみたキタアルプスDSC_0381 (700x469)

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乗鞍岳
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畳平
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雷鳥
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 14時に畳平を出発し、平湯バスターミナルで休憩し国道158号で高山へ。飛騨清見ICから東海北陸自動車道に入り、北陸道を経てJR金沢駅に17時着。途中、土砂降りの雨にであったが北陸道ではやんだ。
 19時43分発のサンダーバードなので、待ち時間に食事をして、駅構内のスーパーにお茶などを買うためによる。「シメ張鶴の純米吟醸」があり、嬉しくなって買う。23時、帰宅。

近江八幡へ

 

6月12日(木
米国からTutomu親子が来日し、11日と12日は京都泊というので、12日にTN&TNと枚方のMutuko姉夫婦とで近江八幡観光の案内をしました。Seijiくんが行きたいという清水寺は早朝に拝観してもらい、私たちとはJR近江八幡駅で11時に落ち合うことにしました。11時3分着予定の新快速は7分遅れましたが無事合流。近くに住む姪のYukikoちゃんも合流、総勢8人の団体旅行になりました。姉たちは何回も訪れているので、近江八幡にはほとんど馴染みの無い私たちはついていっただけの旅行でしたが、それなりに新鮮で楽しい旅になりました。
 観光ボランティアガイドを頼み、ガイドさんと12時半に市営小幡観光駐車場(駐車料金1回510円)で待ち合わせました。ボランティアガイドは2名以上のグループで、5日前までに申し込むと無料(交通費としてガイド1人につき1000円)で案内とパンフレットには書いてありましたが、平日のためか当日の申し込みでもガイドしてくれることに。
ガイドさんと会う前に、讃岐うどんのチェーン店の丸亀製麺で昼食としてうどんを食べました。Tutomuくんたち米国組にとっては初めてのシステムで、物珍しく楽しんでいました。
水郷めぐりは是非したいので、それも手こぎの舟で、ガイドさんの予定を確かめ16時に予約しました。

ガイドさんによる主な案内地点は、
1 市立資料館(4館)
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2 白雲館
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3.新町通り
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4.八幡堀
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5.八幡山
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でした。

観光のキーワードは、豊臣秀次、近江商人、ヴォーリズによる建築物でしたがガイドさんの説明を聞きながら回る観光もなかなか楽しいものでした。豊臣秀次は悲運な関白というイメージしかなかったのですが、地元にとっては非常に立派な領主だったのだろうなという思いを持ちました。
日牟禮にはバームクーヘンで有名なクラブハリエがあり女性客で賑わっていました。

3時間ほどの市内観光の後、「『元祖』近江八幡水郷巡り」に。400年前、豊臣秀次がはじめたという水郷巡り。その発祥の地である「豊年橋」を発着場所としています。手こぎの舟で、8人が定員、貸し切り状態で私たちが最後の乗船客でした。土日ならいろいろすれ違う他の水郷巡りの舟も姿が無く、ゆったりと素晴らしい水郷の景観を楽しみました。ヨシキリが目の前にいるのに望遠レンズを用意しなかった悔しさが・・・。

80分コースを楽しみ、夕食を予約した休暇村 近江八幡へ。
着いたとき激しい雨に降られました。修学旅行の学生さん達で満杯でした。近江牛の料理を楽しみ帰路につきました。
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近江八幡
近江八幡の歴史は天正13年(1585年)、豊臣秀次が八幡山に城を築き・開町した事に始まります。
 秀次は城下に楽市楽座を開きました。市街を縦十三筋、横五筋の碁盤状に区切り、八幡山をとり囲む様にして堀を巡らせました。この堀は両端が琵琶湖につながっており、城の守りのためというよりは、むしろ琵琶湖の湖上交通を監視、コントロールする動脈として造られました。これが有名な八幡堀です 。
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近江八幡の水郷について
琵琶湖八景の一つに数えられる。水郷は四季それぞれに趣があり、水鳥たちも多く集い、自然の営みや恵みを感じることの出来る場所です。ヨシは春に芽吹きはじめ、夏になると青々と4m近くに成長し、秋が深まるにつれ葉を落とし黄金色に変化、冬にはヨシ原で刈り取り風景が見られます。また芽吹きを良くするため、3月上旬頃に行われる「ヨシ焼き」は水郷の早春の風物詩となっています。
このような情緒を直に感じることが出来るのが「水郷めぐり」です。この始まりは、織田信長や豊臣秀次が戦国の世の疲れを癒すため、宮中の雅やかな遊びを真似たと言われています。
ヨシの次に特徴的な景観はミズ(?)ヤナギで、枝は垂れ下がらず上を向いています。この水柳は根が浅くって、風などで倒されてしまうことが多く、舟から巨大な倒木が幾つもみられました。
水郷めぐりの景色の写真をたくさん掲載したブログがありました。

八幡山からみた水郷 奥にある山の一番手前の小さい山は安土城址
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水柳、カイツブリ親子
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