石牟礼道子の本

「最後の人 詩人 高群逸枝」
石牟礼道子、藤原書店、2012年
    
  投稿日:2018年 2月 6日(火)

 不思議な本です。一度や二度読んでも完全には理解できません。いつもはこれだけ理解出来ないと読むのを放棄してしまうのですが、今回は何か魅せられるものがあり最後までそれも2回も読みました。
 高群逸枝のことを書き残すために、高群の夫・橋本憲三から聞き取ったことを橋本・石牟礼編集で発行していた『高群逸枝雑誌』に1968年から1976年に「最後の人 詩人 高群逸枝」を連載しています。この本の発行が2012年なので36年もの間、単行本にしなかった意味は何なのだろうと気になります。橋本憲三から”奇跡のような時間をいただいたんです。それをひけらかしたくない、と思っておりました。”と控えめに語る石牟礼が好きです。
 石牟礼が高群の「女性の歴史 上」という研究書に出逢い、衝撃的な感銘を受け高群に手紙をだしたことから、高群-橋本-石牟礼の関係がはじまります。妻を天才と信じ、妻のサポートに徹した橋本から、高群について学び理解を深めます。詩人である石牟礼は高群の詩をより深く理解しているようにみえるし、その考え方や行動に自分と同じものを感じているように見えます。橋本も石牟礼に妻と同質の美点を感じ評価しているようです。
 石牟礼は橋本を尊敬し、まるで憧れの恋人のように接します。こういう男の人は出てこないだろうと、いう意味で「最後の人」としたということです。
 37歳での高群&橋本との出逢いは石牟礼の飛躍の発火点になりました。水俣病との闘いの質を深めたように見えます。人の出逢いの不思議を実感します。


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石牟礼道子さん、死去

    投稿日:2018年 2月11日(日)

 90歳でした。毎日新聞は「人間の極限的惨苦を描破した『苦海浄土』で水俣病を告発し、豊穣な前近代に代わった近代社会の矛盾を問い、自然と共生する人間のあり方を小説や詩歌の主題にすえた作家の石牟礼道子さんが10日午前3時14分、パーキンソン病による急性増悪のため熊本市の介護施設で死去した。・・・・」と、石牟礼道子さんの評伝を出版している米本浩二記者が追悼記事を載せている。

 今年になって「苦海浄土」を初めて読み感激し、今、日本文学全集『石牟礼道子』に収められた「椿の海の記」を読んでいる。

 ご苦労様でした。ご冥福をいのります。

「椿の海の記」
石牟礼道子、河出書房新社、日本文学全集24 5~246頁、2015年
(初出版は石牟礼道子、椿の海の記、朝日新聞社、1976年)
  投稿日:2018年 2月13日(火)

 石牟礼道子の4歳頃の話。読み始めると直ぐに石牟礼独特の水俣弁をベースにした詩情豊かでテンポのある文章に引きずり込まれる。いきなり「春の花々があらかた散り敷いてしまうと、大地の深い匂いがむせてくる。海の香りとそれはせめぎあい、不知火海沿岸は朝あけの靄が立つ。朝陽が、そのような靄をこうこうと染め上げながらのぼり出すと、光の奥からやさしい海があらわれる。」と描写されると、この本の主題は、チッソに代表される近代が壊してしまった、前近代の水俣の豊穣な自然、生活、人情を書き留めることなのだろうとかってに想像してしまう。それはそうなんだけれど、読んでいるとなにか違うのです。豊穣な自然の幸と対等に、賴病の家族の生活、淫売婦のことや気が狂っている祖母との日常などについて、4歳女児の鋭い感性がそれらをどう受け止め吸収したかを淡々と描ききっている。これは何を伝えたいのだろうと考えこんでしまいます。
 池澤夏樹は解説に、石牟礼の書く世界は「二項対立ではなく三項併存なのだ。」という。さらに「近代工業社会とその前の農民・漁民の世界、そして世の初めからその外にある異界。石牟礼道子は自分が異界に属する者であることを生まれてまもなく知って、孤立感の中で生きてきた。」と書く。水俣病患者の本音を、自分のものとして語れる秘密は、異界に生きたからだと、「椿の海の記」を読むと納得出来る。
 石牟礼は2月10日に90歳で逝去した。毎日新聞の米本記者は石牟礼の評伝を書いただけあって素晴らしい哀悼の記事を書いている。それを引用する。
 石牟礼は渚に立った「悶え神さん」だった。他人の不幸を自分のことのように感じる人を水俣では悶え神さんという。・・・・・しかし、「悶え神さん」の資質だけでは、石牟礼さんの書くものは通常のノンフィクションのレベルにとどまっただろう。幼い頃から貧困や狂気と接し、この世から疎外されているような絶対的孤独を抱え持ち、3度も自殺未遂し、生と死を行き来したことが、作品のスケールを大きくした。
 米本はまた、「前近代と近代、生と死、人工と自然ーそれらのはざまで、リアルかつ夢幻的な文学を紡ぎ出していったのだ。」と書く。「椿の海の記」はそれを実感できる作品でした。
 石牟礼の年表をみると、1971年に「苦海浄土」第三章英訳されるとある。1989年に「苦海浄土」の全英訳出版、1995年にドイツ語訳出版と。石牟礼のあの独特で夢幻的な文章が英語やドイツ語に翻訳できるものなのかと驚嘆です。
 本物の文学には国境が無いのでしょうか?

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「水はみどろの宮」
石牟礼道子、河出書房新社、日本文学全集24 247~407頁、2015年
(初出版は石牟礼道子、水はみどろの宮、平凡社、1997年。
 2016年3月に福音館で文庫本として出版されている )

                     投稿日:2018年 2月15日(木)

 石牟礼を意識しなければ、優れたファンタジー作品として、ジプリのアニメを観たあとのような心地よい感動が味わえる素晴らしい作品ということになるでしょう。
 7歳の少女「お葉」は両親を亡くし、渡し船の船頭の祖父に育てられています。同年代の子供達からは疎外され「椿の海の記」の石牟礼自身と同じように「孤独」です。そして、山犬らんや千年狐のごんの守、片目の黒猫おノンに導かれ異界(=霊界)と人間界を行き来します。
 この物語は素晴らしく視覚に訴えてきます。描写される場面が直ちに目に浮かびます。セリ、ヨメナ、ヨモギ、桜、藤、菖蒲、山葡萄、椎、梅鉢草、千振・・・・・、と季節に応じた吃驚するほど多数の草花が咲き誇り、実がなります。この作者の自然観察眼は凄いなと思います。
 異界(=霊界)での神々への「お唱え言」はまるで詩のような台詞です。テンポがありリズムがあります。神々の声まできこえてくるような感じがします。山の音、川の音も、きこえてくるようです。
 石牟礼作品の受け止め方は人によって様々でそれを知るのも面白い。今回も毎日新聞の米本記者のが面白かった。
 「『水はみどろの宮』のヒロインお葉らが地震に遭遇するシーン。その場にいて五感全開の実況さながらである。今回の熊本地震の経験を文字にしたのだと言われたら納得してしまいそうだ。20年以上前の文章であることに読者は驚かねばならない。
 父母を亡くした7歳のお葉は祖父の千代松と暮らす。祖父は川の渡しを生業とする。世間になじめないお葉は、山犬らん、白狐(しろぎつね)のごんの守(かみ)、片耳の黒猫おノンらと仲良くなる。時代は江戸後期であるが、お葉とその仲間らは、現実と記憶との往復を実に頻繁に繰り返すので、古代であり、中生代(恐竜時代)の話ともなっている。」
 私は恐竜が出てきたところだけは興ざめでした。自分の常識が邪魔をして流石のファンタジーも・・・・。

 まだまだ石牟礼作品から離れられそうもありません。